東京高等裁判所 平成元年(ラ)366号 決定 1989年10月16日
抗告人 株式会社大倉
右代表者代表取締役 杉田安太郎
右代理人弁護士 宮瀬洋一
久江孝二
主文
本件執行抗告を棄却する。
理由
一 本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙執行抗告状の写しに記載のとおりであつて、要するに、差押債権者である抗告人の債権は交付要求に係る滞納国税・地方税債権に優先するものであり、抗告人の債権に優先する債権は存在しないから、本件不動産の最低売却価額で手続費用を弁済して剰余を生ずることが明らかであつて、本件の競売手続を取り消した原決定は違法である、というのである。
二 そこで、検討するに、一件記録によれば以下の事実を認めることができる。
1 三和開発株式会社(以下「三和開発」という。)は、昭和五七年七月二九日付け売買を原因として、有限会社岩美建設から本件各土地(共有持分)を買い受け、同年八月一七日、その所有権移転登記(受付番号一三四七三号、一三四七四号)を経由した。本件各建物は、同年五月三〇日に新築されたものであり、三和開発は、同年八月一七日、その所有権保存登記(受付番号各一三四七二号)を経由した。
2 抗告人は、昭和五七年七月三〇日、三和開発に対する同日付け金銭消費貸借契約に基づく二二〇〇万円の債権を担保するため、三和開発から本件各土地(共有持分)・建物(以下「本件不動産」という。)に抵当権の設定を受け、同年八月一七日、その旨の登記(受付番号各一三四七七号)を経由した。
3 その後、茨城県境県税事務所は、昭和五八年一月二一日、本件不動産を滞納処分により差し押さえ(同月二四日差押登記)、東京国税局は、同年二月四日及び同月八日、それぞれ本件不動産の参加差押えをした(同月七日及び同月一〇日参加差押登記)。
4 抗告人は、前記抵当権に基づいて本件不動産につき競売の申立てをし、昭和五九年一一月九日、競売開始決定を得て、同月一三日、差押えの登記を経由した。そして、本件不動産については、昭和六一年七月二五日、抗告人の申請に基づき、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律二〇条、一七条、九条による競売続行の決定がなされた。
5 ところで、東京国税局長は、執行裁判所に対し、昭和五九年一一月一六日付け交付要求書により交付要求をしたが、これによれば、三和開発は、法定納期限等を前記抵当権設定登記のなされた昭和五七年八月一七日以前とする国税二億四〇〇〇万円以上を滞納していた。その後、更に、茨城県境県税事務所長、東京都豊島都税事務所長等からも、滞納国税・地方税について交付要求がなされた。
6 そこで、執行裁判所は、昭和六三年二月九日、評価人の評価に基づいて本件不動産の最低売却価額を二三九一万円と定めるとともに、民事執行法六三条一項により、差押債権者である抗告人に対し、右最低売却価額で手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権金二億六七四七万九七六四円(見込額)を弁済して剰余を生ずる見込みがないとの無剰余の通知を発し、同通知は、同月一二日に抗告人に送達された。
7 抗告人は、昭和六三年二月一七日、前記抗告理由と同旨を記載した上申書を執行裁判所に提出したが、原決定のなされた平成元年五月二四日までに民事執行法六三条二項所定の申出及び保証の提供ないしは剰余を生ずる見込みがあることの証明をしなかつた。
三 ところで、抗告人の主張するところによれば、要するに、抗告人は、三和開発のために本件不動産の購入資金を出捐し、この貸金債権を担保するため、三和開発が本件不動産の所有権を取得し登記を経由すると同時に、本件不動産に抵当権の設定を受けたというのであるが、文理上、このような場合が国税徴収法一七条、地方税法一四条の一一の定める「納税者が抵当権の設定されている財産を譲り受けたとき」に該当しないことはいうまでもない。そして、抗告人の三和開発に対する貸付(及びその貸金債権の担保のための抵当権の設定)と三和開発による本件不動産所有権の取得との間に密接な経済的関係が存することは抗告人主張のとおりであるとしても、本来、右の国税徴収法及び地方税法の規定が、抵当権設定後に不動産が譲渡されることにより抵当権者に予測し得ない優先債権が出現し、抵当権者の担保価値についての期待と取引の安全が害されるのを防止する趣旨で定められたものであることにかんがみれば、抗告人の主張するように、本件において抵当権の設定が所有権の移転に論理的に先行するという関係があるといえるかどうかは、ひとまず措き、抵当権設定登記を経由する段階で、自己の被担保債権に優先する債権、すなわち、法定納期限等の到来している国税・地方税債権(国税徴収法一六条、地方税法一四条の一〇参照)の存在及びその額を把握することが可能であつた本件の場合と、前記の国税徴収法及び地方税法の規定が定める場合とを同視することができるものと解することはできないものというべきである。
四 そうすると、交付要求に係る前記滞納国税・地方税債権のうち法定納期限等を前記抵当権設定登記が経由された昭和五七年八月一七日以前とするものは、抗告人の債権に優先する債権であるというべきところ、前記認定の事実関係によれば、本件不動産の最低売却価額で手続費用及び抗告人の債権に優先する債権を弁済して剰余を生ずる見込みがないことは明らかであり、また、抗告人は、執行裁判所から無剰余の通知を受けながら、民事執行法六三条二項所定の申出及び保証の提供をしていないことは、前示のとおりであるから、本件の競売手続はこれを取り消すべきものである。
五 よつて、同旨の原決定は相当であり、本件執行抗告は理由がないからこれを棄却する
(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 小林克已 河邉義典)